勤続25周年のリフレッシュ休暇を利用して、長男の勇太と「欧州弾丸旅行」に行ってきました。

勇太の夢は「カンプ・ノウ」、「サクラダ・ファミリア」、「パエリヤ(?!)」のスペイン三点セット。
一方、私の目的は「20年前に住んでいたGoudaを訪れたい。(できれば、住んでいた家を見てみたい!)」ということ。

週末の我が家、父は飲んだ勢いで「バルセロナ&アムステルダムのツアーでもあれば考えるけど...」と言ってしまいましたが探せばあるもんです、そんなツアー。
「添乗員はもちろん無し、空港/ホテル間の移動、ホテル、飛行機の搭乗手続き全部は自分でやってね!」という飛行機&ホテルのみのパック旅行ですが、衝動的に「よし!行こう!」と決めてしまいました。

成田からアムステルダムまで約12時間、アムステルダムで1時間半の乗り換え時間を経て、アムステルダムからバルセロナまで2時間半。成田からだと約16時間を掛けて最初の目的地であるバルセロナに到着しました。

ホテルにチェックインしたのは現地時間で19時頃。日本時間だと翌日のAM2時ということで、さすがに疲れました!


7月20日(月) 海の日

新宿までタクシーで行き、新宿から成田エクスプレスで成田空港へ。

一人の海外出張だと成田エクスプレスから「爆睡モード」に入るんだけど、勇太と二人ということでちょっとプレッシャーです。(^_^;)

一方、勇太は全てを「父さん任せ」で、のんきな海外旅行を決め込んでいますが、そんなことは許しません。父さんの苦労の何割かを分けてあげたいと思います。

父さんもずっと忙しい時を過ごしてきて、やっと迎えた「大きなたび」。

ちょっと若作り(?!)して、思いっきり楽しんできたいと思います。

私たちをヨーロッパまで運んでくれるKLMのボーイング777。よろしくです。

ちなみにツアー扱いの悲しさか、成田に着いた時点で既に座席が決まっており、通路側&真ん中席とのこと。
早めに行って一番後部の「二人シート」をゲットしようと思っていたのに残念です。

成田発 11:15 アムステルダム着 16:10

5時間程度のフライトに見えますが、実際には日本とヨーロッパの時差は7時間(夏時間)あり、12時間のフライトとなります。長い〜!

座席はB、C席とA席(窓側)に他人が座るような席でしたが、飛行機が滑走路に動き始めるまでA席には誰も来ない。
ラッキー!ということで、窓側をゲットできたと共に、3人掛け席を二人で広々と利用できる模様。12時間も乗るのでこれは大きなプレゼントです!

成田を飛び立って雲の上に出て、勇太は「ワーイ!」と大感激。

飛行機初体験の勇太、もう少しテンション高くなるかと思いきや、すぐに爆睡。

離陸後数時間経ったときに最初の機内食。(写真取り忘れた!)
KLMということで、きっとオランダ人のでっかいCAが「Fish or Meet?」と単調な問いかけで来るよ」と言っていたら予想通りでした。
(ちょっと違ったのは、問いかけが「Fish or Chicken?」だったこと。(^^ゞ )

で、飛び立って8時間経過後ぐらいに「おやつタイム」

この時は、「Ice Cream or Noodle ?」とのことで、当然私たちは「Noodle」。
小さなカップヌードルを食べてちょっとお腹が落ち着きました。

あ、私はずっとビール(もちろん、ハイネケン!)飲んでましたけど。何か?

機内では、前席のヘッドレスト部に埋め込まれたディスプレイでゲームや映画が楽しめるのですが、私はひたすらオセロを楽しんでいました。

勇太とも対戦しましたが、毎日、仕事の帰路をケータイゲームでオセロを楽しんでいる私にとって、勇太は超チョロい相手。圧勝してやりました。

そんなこんなで、睡眠とゲームと食事(父は飲み!)で過ごした12時間もやっと終わりに近づき、オランダの大地が見えてきました。

ほぼ20年ぶりの懐かしの地、オランダ。

やっぱり真っ平らな国です。

アムステルダムのスキポール空港にて「ヨーロッパへ入国」します。
ここで入国審査を受けることで、バルセロナへのフライトは「国内線」扱いとなり、スペインでは入国審査がありません。

昔はパスポートに入国のスタンプが増えていくことが楽しみだったのですが、今は「ヨーロッパに入国」してしまった後は入国審査も無いので、パスポートにスタンプは押されず。ちょっと寂しい(でもかなり楽チン!)です。

アムステルダムのスキポール空港にて。

ここで70分の乗り換え時間を経た後、バルセロナへと飛び立つ予定だったのですが、バルセロナへの便の準備が遅れているとのことで、結局2時間近く待った後にバルセロナへと飛び立ちました。

最初は70分しか乗り換え時間が無いとのことで、「荷物、落ちちゃうんじゃないかな?」と心配していましたが、結果的に2時間あったので、まぁ、まず大丈夫でしょう?!

私がオランダに住んでいた頃には、ヨーロッパでの乗り継ぎ時に荷物が落ちてしまうことが結構あり、どうしてもその頃の感覚が残っており、ちょっとドキドキしていましたが....

バルセロナ空港に到着。荷物も無事届いており、まずは一安心。

で、空港の外に出て16時間ぶりの煙草を数本吸った後、ホテルを向かうべくタクシー乗り場へ。

スペインのタクシー運転手には英語は通じない、ということでホテルの住所を書いた紙を用意しておいて見せると、「OK!」とだけ言ってクルマを走らせる。
スペインはメーターの表示がしっかりしており、タクシーでボッたくられることはまず無いとのこと。私たちが乗ったタクシーもほぼ「ガイドブック記載の金額相当」でホテルに到着しました。

過去にミラノに出張に行った際に空港からホテルまで、相場の5倍近くの料金を請求されて、ホテルのベルボーイを呼んで交渉させた記憶がありましたが、バルセロナのタクシーはとてもまともでした。

ホテルにチェックインし、やっと一息。
すでに午後8時半頃ですが外はまだ明るい。

チェックイン時、「喫煙ルームをお願いします」と頼んだところ、原則的には全館禁煙なんだけど、と言いながら「窓を開けて吸ってね」と言って灰皿を渡してくれました。
ラテン系の国って、その辺はとても柔軟ですね。

ホテルの窓からバルセロナの町を望む。

この窓を開けることで私は禁煙の呪縛から解き放されました。

同じく、ホテルの窓からバルセロナの市街を望む。

ホテル周辺はバルセロナのメインの市街からちょっと離れたオフィス街。初日は向かいの銀行のネオンが深夜も消えず、ずっと昼間状態でちょっと寝不足になりました。

探検好き、かつ時差ボケの逆作用で眠くなくなってしまった私は、午後9時過ぎても明るいバルセロナの街(といってもホテル周辺だけど)を探検して明日の買い物&夕食スポットを探しに出かけました。
キーカードが1枚しか無かったので、勇太に「父さんがノックしたら開けてね!」と言い残して。

ホテル周辺にはバーガーショップやピザ屋などがあり、とりあえずフラッとホテルに帰ってきても腹ごなしはできそうなことが確認でき、ホテルの部屋に戻り、ドアをノックしたところ返答無し。
勇太は爆睡状態で、結局フロントでもう一枚カードキーを作ってもらい何とか部屋に入ることができました。

ちなみにホテルの部屋はツインベッド+1エクストラベッドの3人部屋。

エクストラベッドはくつろぎスペース(&荷物整理スペース)として、勇太と私はツインベッドに就寝。

寝相の悪い二人は離れて眠るべきでした。

ヨーロッパは20年ぶり。直近の海外出張はアジア(台湾!)ばかりで、広々とした部屋に泊まる機会が多かったので、正直、「海外に来てこの部屋の狭さはなんだ!」と思いました。

「これじゃ、名古屋のビジネスホテルの方がよっぽど広いじゃん!」という感じでしたが、まぁ、そこは無理を言ってもしょうがない。
次があるならば、ツアーは使わずに、全て自分でチョイスして予約してみたいものだと思いました。(高いんだろうなぁ!)


7月21日(火)

何だかんだと文句は言いつつも長旅に疲れ、初日の夜はぐっすりと睡眠。ツアー2日目の朝は二人ともスッキリと目覚めました。

ホテルの朝食はパンとハム&ソーセージ等の軽めのバイキング形式。「まぁ、こんなモンだろう」という感じのメニューでした。卵料理(目玉焼き or スクランブルド・エッグ or ゆで卵)が無かったのがちょっと寂しいけど。

腹ごしらえも済んで、さぁ!バルセロナの街へとお出かけ!

火曜日の朝8:30頃ということで、出勤の人たちとすれ違いながら「バルセロナ・ツアー」の始まりです。

バルセロナの街はとてもクリーンで、私の持っていた南欧の国へのイメージを見事に払拭してくれました。

街中の広い通りには人々がゆったりと過ごせる中央分離帯(というか公園!)があり、ネクタイ姿のビジネスマンが、新聞を読みながらホットドッグを食べている、そんな出勤前の朝のひとときをのんびりとベンチでくつろいでいる姿が印象的でした。

バルセロナの青空は爽やか!

ホテルからFCバルセロナのホームスタジアムである「カンプ・ノウ」までは徒歩20分ぐらい。ゆっくり歩きながらバルセロナの街並みを満喫しました。

着きました、カンプ・ノウ。

でも、ゲートの鉄門に飾られたエンブレムは何かちょっと変?
そう、バルセロナFCのエンブレムは「FCB」のはずなのに、門にある紋章は「CFB」。その理由は?

バルサの正式名称は【Futbol Club BARCELONA】(略式F.C.B)ですが、フランコ独裁政権時代は民族弾圧で政治や民族思想を禁止され、バルセロナを中心とするカタルーニャ地方の言葉、カタラン語を喋ることも禁止されました。
だからバルサの名前もスペイン語。スペイン語表記の【Club de Futbol BARCELONA】(略式C.F.B)に変えられ、それはフランコ総統が死去まで続きました。
フランコ没後には独裁政権は崩壊し、再びカタルーニャにカタラン語が戻り、【Futbol Club BARCELONA】が復活したのです。

フットボール・パルクのBLOG から引用させていただきました。
footballPARC さん、ありがとうございます。

ということで「間違えたんじゃない?」という勇太の疑いはこの後カンプ・ノウ内のミュージアムを見ていて「そんな時代もあった」ということで解消されました。

ちなみに、ここはユースの練習場らしいです。これも「フットボール・パルクのBLOG」を見て初めて知りました。(^^)

カンプ・ノウ到着は9時過ぎ。見学開始時間の10時まで炎天下、ひたすら待ちます。
周辺に飲み物を売っているスタンドは無いかと探しましたが、結局見つからず。暑いです。

カンプ・ノウを見学に来る人たちは、当然バルサのユニフォームを着ていたりしますが、中にはACミランのユニフォームを着ている人も。

度胸あり!

10時の開門と同時に、チケット売り場へと急ぐ人たちを横目に、私たちは飲料自販機へ。生き返りました。

チケットとガイドブック。

入場料:17EUR、ガイドブック:2EURということで、二人で36EUR。(日本円で約5000円。ちょっと高い?)

カンプ・ノウのロッカールーム

但しビジター側しか見られません。でもレアル・マドリードはここを使うわけで、C.ロナウドもここで着替える?!

ビジター側ロッカールームにある作戦ボード。
ここにC.ロナウドの名前も書かれるわけだ!

スタジアム内、ロッカールームからとピッチへ向かう途中にある礼拝堂。

選手には敬虔なキリスト教徒が多く、試合前にここでお祈りを捧げてからピッチへと降り立つわけです。

憧れのカンプ・ノウのフィールド。

訪れた時は芝の貼り替え作業中で鮮やかな緑を目にすることはできませんでしたが、スタジアムの広さに圧倒されました。
観客席も「バルサ・カラー」で飾られており、「ついにここまで来たんだ!」という気持ちでいっぱいです。

勇太の一つ目の目標はクリア。「え、ここでプレーするはずだった?!」うそうそ(^^)

父さんも記念撮影。

生きているうちにもう一度来られたら、次は試合を観戦したいものです。

向こうはサテライト(Bチーム)用スタジアム。
サテライト用スタジアムとメインスタジアムの間には橋が架かっていて「希望の橋」と呼ばれていると、大空翼が言っていました。(^^)



Bチーム用スタジアムの裏山からカンプ・ノウを眺める。

2009年度に達成した三冠(リーガ・エスパニューラ、チャンピオンズリーグ、国王杯)のカップの前で。

ミュージアムにはバルサの歴史や優勝カップ、ユニフォームなどが飾られており、バルサファンには「殿堂」のようなところです。

ミュージアム見学の後はグッズショップへ。

ここもバルサカラー一色で、勇太も友達(サッカー関連)へのお土産を探し回っていました。
結局、お土産のキーホルダーと自分&良太へバルサのユニフォームを購入。帰宅していきなりパジャマにしていたけど...。

私もバルサ・ポロシャツを購入。街で見かけたら「おっ、カンプ・ノウで買ったヤツじゃん!」と指さして笑ってやってください。

バルサ・チップス。
買って帰りたかったけど、日本に着く頃には粉々になっていそうだったので諦めました。

カンプ・ノウを堪能し、お土産もいっぱい買ったらお腹が空いてきてしまいました。
ということで、勇太の第二の目的、「本場のパエリヤを食べる」をクリアしに「バルセロネータ」という海岸沿いの地域へ地下鉄で移動。

地下鉄での移動途中、乗換駅のホームで知らないオジサンから「Do you speak English?」と聞かれた後、この地下鉄には「Pickpoket」(スリ)がいるから気をつけろと言われました。
この時は「わかった」とだけ答え、電車に乗ってちょっと周囲を注意していましたが、さっきのオジサンも隣の車両に乗ってきました。

このオジサンの方が怪しいのかなと思っていましたが、ふと振り向くと、いかにも怪しげな二人連れがこちらを見ています。
「げげっ!」と思っていましたが、さっきのオジサンが社内の警備員と一言二言話したところ、警備員がこちらの車両に移ってきて、私たち親子と怪しい二人連れの間に仁王立ちで立ちはだかってくれました。

怪しい二人連れは次の駅でそそくさと降りていきましたが、私たちは完全にターゲットにされていたみたいで、結構ビビリました。あのオジサンはスリを追いかけていた刑事さんだったのでしょうか。オジサンに大感謝です。

今回の旅行で「怖い!」と思ったのはこの時だけ。この後、地下鉄に乗る時は結構周りを気にするようになりました。

バルセロネータにて。

食べることに関してはあまりこだわりのない父子ですが、せっかくバルセロナまで来たんだからガイドブックに載っているような店でパエリヤを食べたいということで、向かったお店はその名も「バルセロネータ」

バルセロネータ地区の代表的なシーフード料理屋さんみたいです。

前菜、メインディッシュといったオーダーの感覚が無い日本人にはちょっとおしゃれな店はどう頼んだら良いのかなと悩んでしまいますが、この時は生野菜を全然食べられていなかったので、ツナサラダを前菜としてオーダーしました。

ムール貝も食べたかったのですが、パエリヤにも入っているだろうと思ったので...。

いっぱい歩いてお腹が空いていた勇太は、パンとサラダをむさぼり食べていました。

ここはバルセロネータのヨットハーバーを一望にできる最高のロケーションです。

ロナウジーニョも来たのかな?
中村俊輔も来るのかな?

バルセロネータのパエリヤ。

鉄板に盛られてきた時に写真を取り忘れたので、これは「イメージ写真」です。(私たちがオーダーしたものと同じですが。)

で、取り分けられて私たちのテーブルへ。

正直、イメージしていたものとちょっと異なりました。昔、スペイン領カナリヤ諸島に行ったことがありました。
この時、カナリヤ諸島で食べたパエリヤはレモン色のサフランライスに魚介がいっぱい乗っていたもので、このイメージが強かったのです。

日本でパエリヤをオーダーしても、ライスは「レモン色」というイメージが強く、本場の本物との違いにちょっとビックリしました。

美味しい!

本場で食べているという気持ち的な後押しもあるかも知れませんが、とても美味しく感じました。

食後に私も記念撮影。

バルセロナ、かなり好きになりました!

この後、勇太の第三目的の「サクラダ・ファミリア」へ行く予定でしたが、お土産もいっぱい買い込んでしまったので、いったんホテルに戻ることにしました。

ホテルに戻り、荷物を置きシャツを着替え、再びウォーキングでサクラダ・ファミリアへ。

ホテルのフロントの話では「歩いたら1時間半ぐらい」とのことでしたが、30分程度で到着。徐々に見えてきましたが、近くまで来て見るとやっぱり凄いです!

ちなみにひたすら歩き回ったこの日、歩数は37,000歩、約35km。いやぁ〜!歩きました。!

サグラダ・ファミリア - Wikipedia

バルセロナでの3つ目の目的である「サクラダ・ファミリア」を目の前にして、勇太も大興奮。

それにしても「凄い!」の一言です。

塔の最上部近くまでエレベータで上がることができ、そこからさらに螺旋階段を少し上がると建築中の塔の一つの最上部まであがることができます。

そこから眺めるバルセロナの街はとてもきれいでした。

塔の最頂部からもう一方の塔を眺める。クレーンの存在が「まだ建築中」を印象づけます。(2030年に完成予定とか。)

塔から下を眺める。

私、高所恐怖症なので、手すりにつかまりながら、窓から乗り出して写真を撮っている勇太のズボンを掴んでいました。(--;)

下りはひたすら歩いて降りるべし。

通常は歩いて降りる。

緊急時は走って降りる?!

サクラダ・ファミリアからの眺望を楽しんでいるかのようですが、実は狭い階段、外を覗くと「高所」ということで、手すりにつかまりビビリまくっている父です。

やっと地上まで降り立ち、ほっと一息。

何事もなかったかのようにステンドグラスの写真を撮りながら、「いやぁ〜、いい眺めだったね!」と強がりを言ったりして。

こちら側の壁面はガウディが生存中に完成していた部分。壁面の彫像が見事です。

サクラダ・ファミリアの全てを見終わって勇太は大感動。「凄かった〜!」と言いつつ、視線は近くの「お土産屋さん」へ。

脇の道にはお土産屋さんが軒を連ねており、一軒ずつお土産をチェック!

闘牛場。
スペインと言えば闘牛。
もう一度スペインを訪れる機会があったらぜひ見てみたいものです。

パリと同じような凱旋門もありました。

この日は結局徒歩中心でバルセロナの主要地を巡り、歩いた歩数は40,000歩近く。
バルセロナを満喫することができました。


7月22日(水)

日本から16時間掛けて来たのに、魅力的な町「バルセロナ」は丸一日観光しただけでお終い。次の目的地である「アムステルダム」へと向かいます。

ホテルを7:30にチェックアウトしバルセロナ空港へ。

もっとゆっくりといろいろ見たかったのですが、次は勇太が自分でお金を貯めて「じっくりバルセロナの旅」にでも行ってもらえればと思います。

さようなら!バルセロナ!

さようなら!バルセロナ!

とても素敵な街でした。生きているうちにぜひもう一度、今度はバルセロナにターゲットを絞って訪れたいと思います。

バルセロナからアムステルダムまではこの飛行機で向かいます。

空港でもお土産をいっぱい購入し、スペインを旅立ちます。

こんにちは!アムステルダム!

アムステルダム・スキポール空港は私がオランダに住んでいた頃とは大きく様相を変えており、「すげーじゃん!」という感じでした。

空港を出たら散りあえず一服。

オランダって喫煙率がすごく高かった国なのに、空港内には一切喫煙所が無い。
ということで喫煙率が低下したのかと思いきや、一歩空港を出たらやっぱりスモーカーだらけ。歩きタバコも普通の風景で、日本より全然喫煙マナーは悪いです。

空港からホテルまではタクシーで向かいましたが、50EUR(約8,000円!)も掛かってしまいちょっとビックリ。帰りは電車にしよっと!

ホテルに着いてチェックイン。

バルセロナ同様「喫煙部屋ってある?」と聞いてみましたが、応対してくれたフロントの男(身長2mはありそう。アンドレ・ザ・ジャイアント似で、私と勇太の間では「怒りの巨人」と呼ぶことにしました。)は、「全館禁煙です。部屋で喫煙した場合は150EURの罰金をいただきます。」と冷たく言い放たれました。
まぁ、国の決まりなのでしょうがないのですが、このフロントの男の言い方は冷たさが感じられて、ちょっと敵キャラかな?と言う感じでした。

部屋はバルセロナのホテルよりさらに狭く、日本のビジネスホテル並み。

ホテルライフを楽しみたい人は、追加料金を払ってでも1ランク上のホテルにすべきでしょう。

ホテルに着いて一息ついてから早速、観光に出かけました。この日の目的地は国立美術館、ゴッホ美術館を見て、その後はアムステルダムの街を彷徨い歩く計画。まずは国立美術館を目指してウォーキング!

オランダは昔から「落書き」の国。どうやってこんなところに書いたんだよ!と言うようなところにまで落書きがされています。

で、ミッキーマウス。

ホテルから10分ぐらい歩いたところに最初の観光スポット「マヘレの跳ね橋」があります。

ゴッホの「アルルの跳ね橋」のモデルとなった橋との話もあります。20分に一回、跳ね上がるとのことです。

マヘレ・ブルッフ。
オランダ語では「G」は「ハヒフヘホ」の発音(正しくはちょっと息が抜ける感じ)となります。

この発音は慣れるまで結構大変。
昔、私が住んでいた所は「Gouda」という街で英語読みだと「ゴーダ」、チーズが有名な街ですが、オランダ語では「ハウダ」という発音となりますが、駅でキップを買おうとしてもなかなか通じなかった覚えがあります。

マヘレの跳ね橋から歩くこと20分、国立美術館に到着。

アムステルダム国立美術館はレンブラント、フェルメール等の絵画で有名。オランダ在住当時も何回か日本からの出張者や友人を連れてきたことがあります。

アムステルダム国立美術館 - Wikipedia

裏側の入場口にはチケットを買う人の列ができており、20分程度待って入場。

実は退出者数を見ながら入場させており、館内の人数を抑えるためだと聞いたことがあります。


夜警(レンブラント)

間近で見る「夜警」は中央の二人が非常にリアルに書かれており、対照的に周囲の人たちがちょっとぼやかした感じで書かれているため、とても立体感があり見ていて圧倒されます。

牛乳を注ぐ女(フェルメール)

ヨハネス・フェルメール - Wikipedia

窓から差し込む陽光の優しさが非常に印象的な絵です。


国立美術館を出た頃には15時過ぎになっており、ちょっとお腹空いた!ということで、ホットドッグを食べる。

ソーセージとサワーキャベツだけが挟まれたホットドッグを渡され、あとは自分で自由にトッピング。
オニオン、フライドオニオン、ピクルス、ケチャップ、マスタード、マヨネーズなど。美味しかったです。

美味しい!

国立美術館とゴッホ美術館の間にあるミュージアム広場にて。

この「I amsterdam」のモニュメントのデザインは土産物店で売られているステッカーや各種グッズにも使われています。

ホットドッグで胃袋を刺激された勇太は、
「おっ!ベルギーワッフル!」と次なるターゲットを発見。

ちなみに店名は「レンブラント・ファンゴッホ・キオスク」

勇太はベルギーワッフル&アイスクリームとアイスティー、父はビール(ハイネケンが無くアムステルビールだったけど)でもう一息。

美味しい!

お腹も落ち着いた後はゴッホ ミュージアムへ。

ゴッホ美術館 - Wikipedia

フィンセント・ファン・ゴッホ - Wikipedia

画家としての知名度は非常に高いゴッホですが、好みの問題か、展示されていた絵画にはレンブラントやフェルメールのように魅せられるものはありませんでした。

ただ、「キャンヴァスの前の自画像」や「アルルの跳ね橋」など、美術の教科書に載っていたような名画が展示されており、「あ、この絵知ってる!」といった面白さはありました。

キャンヴァスの前の自画像

ゴッホ美術館を見た後はアムステルダム中央駅まで歩き、カナル(運河)クルーズへ。

オランダと言えば「運河の国」ということで、街中には網の目のように運河があり、冬は凍った運河をスケートで滑って出勤する人もいるとのこと。(見たこと無いけど...)

ということで、運河巡りや観光スポットを巡る運河バスもあり、観光のための移動手段としてとても便利です。

カナルクルーズは大人一人10EUR。
ちょっと高いかな?と言う感じですが、アムステルダムに来たら一度は乗らないと。

運河を巡る船は天井が低く平べったい感じ。

これは橋の下をくぐるための必然的な形で、一番ギリギリの所では橋の下側と船の天井との間で20cmぐらいしかない所もあります。

運河の街、アムステルダムには多数の「ボートハウス」が運河に浮かんでいます。

外観はちょっときれいな運搬船という感じですが、中はほとんど普通の家と変わりません。

電気や電話も引かれており、正式な住所は無いもののちゃんと郵便も届くとのことです。

7つの橋が一直線に見えるスポット。真っ直ぐきれいに橋が並んでいます。

勇太はカナルクルーズ途中で、心地よい揺れと疲れから、しばしウトウトしていたとのことですが、まぁ、一休みということで良いのではないでしょうか。

ちなみに、オランダ在住時に、日本から来た会社の上司をカナルクルーズに連れてきたときは、クルーズ開始3分後から終点まで、ずっと寝ていました...。(--;)

アムステルダム中央駅

アムステルダム中央駅 - Wikipedia

東京駅はアムステルダム中央駅をモデルとして作られたとの話をずっと信じていましたが、Wikipediaでは「その説は否定されている」とのこと。

でも東京駅と「姉妹駅」とのことです。

ダム広場にて。

ダム広場 - Wikipedia

アムステルダムで一番賑やかなところで、広場に面したところにはオランダで一番有名なデパート、バイエンコルフがあります。

ダム広場は昔、アムステル川を堰き止めるダムがあったところで、アムステルダムの地名の由来となった場所です。

オランダにはロッテルダム、フォーレンダムなど「ダム」の付く地名が多くありますが、これらはアムステルダム同様、川を堰き止めるダムがあったことが地名の由来となっています。

ちなみに、この時で既に夜8時頃ですがまだまだ明るい時間です。

オランダのお店は明るいのに夜8時にはほとんど閉まってしまいます。これは、店員さんも夜は「家族の時間」であり、家族との時間を大切にしなければならないとのこと。

日本なら日曜日は「街に出てショッピング」という感覚ですが、オランダでは日曜日は午前中は礼拝に出かけ、午後はのんびりと家庭で過ごす日ということで、日曜日はほとんどのお店がお休みでした。

市街地からホテルまではトラムに乗って帰りました。

トラムに乗るためには「Strippen Kaart」(ストリッペン・カールト)という回数券を買って乗車します。

もちろん1回券もありますが、トラムに複数回乗るにはこのストリッペン・カールトを買うのが絶対便利。トラムだけでなく、バスや地下鉄でも使用でき、さらにアムステルダムだけでなくオランダ国内の他の街でも使用可能な「全国共通回数券」です。

使い方としては乗車時に車掌さんに乗車するゾーン数を告げて、スタンプを押してもらいます。基本料金として1チケット+ゾーン数分のチケット分にスタンプを押してもらいます。
アムステルダムの市街地内ならほとんど1ゾーンなので、乗るたびに2チケット分のスタンプが押されます。
トラムを乗り換える場合は、最初のスタンプから1位時間以内であればスタンプは押されません。

このストリッペン・カールトは20年前、私がオランダに住んでいた頃から形も仕組みも変わっていません。

フィリップス(非接触ICカードの開発メーカ)のお膝元のオランダで、いまだに紙媒体+スタンプというレガシーな仕組みを使っていることはちょっと驚きですが、きっと20年後に来ても同じ仕組みを使っているんでしょう。

何しろ、400年間、町並みの風景が変わっていない国ですから。

ちなみに15チケットで7.3EUR(約1100円)ということで1回の乗車で約150円。
まぁ、妥当な料金でしょうか。

この日は午後にホットドッグやワッフルを食べたせいか、あまりお腹は空かず。

ということで「オランダらしいファーストフード」を求めにホテル近くのバーガースタンドへ。

「オランダ料理」はポテトとサワーキャベツ和えの肉料理、イール(ウナギ)の蒸し料理など、正直、あまり食べたいとも思えない料理がメインで、オランダの知人たちも、「オランダのトラディショナルな料理をどうしても食べたいというなら、連れて行っても良いけど」というぐらいで、自国の伝統料理を食べに行くことには消極的でした。
オランダは昔インドネシアを植民地としていたため、インドネシア料理店も多くありますが、日本人には「ちょっとゴメンなさい」という感じ。ポテトを食べてハイネケンを飲んでいるのが一番幸せかもしれません。

オランダは文化的には東にドイツ、南にベルギーやフランス、北海を越えて西側にはイギリスと接しており、国自体は九州と同じぐらいの広さのため、周辺各国の文化を受容しながら発達してきた国です。

それゆえ、ほとんどのオランダ人は普通に英語が話せるし、ビジネスマンは大抵、オランダ語、英語以外にドイツ語、フランス語の4カ国語を話せるという、ツーリストには楽チンな国です。

そんなこともあり、私も2年半オランダに駐在しましたが、オランダ語は挨拶だけ覚えれば良く、あとは全て英語で過ごせる国でした。(フランスやスペインなら、否応なしにその国の言葉を覚えざるを得なかったのでしょうが。)

話はズレましたが本日の夕食。

メニューはごっついハンバーガーとポテト、ケバブ、クロケット。
ケバブはトルコ料理ですが、クロケットはオランダ独特のコロッケ。

見た目は日本のコロッケと同じですが、中身はクリーム状(ペースト状)で好き嫌いが分かれそう。

ちなみに筒状のモノが「クロケット」、ボール状のモノが「ビッタ・ボーレン」と呼ばれており、毎週金曜日に仕事が終わった後、ビッタ・ボーレンをツマミに勤務先のキャンティーン(食堂)で一杯やるのが習慣でした。


7月23日(木)

この日は父のたっての希望で、20年前に住んでいた Gouda の街を訪れました。

アムステルダム中央駅(CS)までトラムで行き、そこから Gouda までは電車で向かいます。

電車が来ると思わずカメラを向けてしまうのは次男との旅の習性から?!

アムステルダムCS駅はハリー・ポッターに出てくるようなヨーロッパのターミナル駅。

ロッテルダムCS駅行きの各駅停車で約1時間の鉄道の旅。「世界の車窓から」しています。

オランダ国鉄のチケット。

アムステルダムからゴーダまでは10.5EUR。
約1時間の乗車時間を考えればこの料金は妥当なものでしょうか。オランダではキップを買うにもクレジットカードが便利なのですが、慣れていない私たちは窓口で購入。「Goudaまで。片道キップ、大人2人。」単語の羅列です。

ロッテルダム行きの各駅停車でゴーダへと向かいます。

各駅停車は電気機関車が引くローカル列車。

2等客室(日本での普通指定のイメージ?)でゴーダへと向かいます。

日本帰国から20年、ゴーダの街がどれだけ変わったか?

楽しみです。

自分が産まれる前、父と母が過ごした地はどんなところだったのか?

昨日までと違った楽しみです。
(あ、すぐ寝ました。オレ。)

20年の時を経て、私にとって第二の故郷である Gouda の駅へと降り立ちました。

ゴーダ - Wikipedia

Kleiwg(マーケット広場へとつながる Gouda のメインストリート)を懐かしい思いで歩きます。

ちなみにアムステルダムのホテルを出たときは雨も降っていなくて、「ちょっと暑いかな?」というぐらいの気候でしたが、Gouda に着いたら雨降りで、かなり肌寒い。

ということで、Gouda の街ではまずは折りたたみ傘と防寒具を求めて安売り衣料店(C&A)へと入り、傘とヨットパーカを購入。

少しホッとした気分です。

ゴーダの市庁舎(ハウステンボスにコピーがあるとのこと。)

我が街、GOUDAの市庁舎。ついに戻ってきました、ゴーダの街。

新卒22歳で就職し、24歳で結婚。そして26歳の時にオランダに派遣。
自分の会社がオランダに事務所を構えているわけではなく、オランダの代理店(当然、社員はオランダ人のみ)に独り駐在を命じられて勤務。

英語がまるでしゃべれない社員(しかも入社満4年の若造!)を日本人が一人もいない会社に送り出した会社の勇断(というか、超無謀!)は今から考えると凄いことだったと思います。

この街で若い夫婦二人でいろいろ苦労したことは今となっては懐かしい思い出です。言葉の壁に悩まされながらも、3年近くこの街で過ごした経験は今も自分の人生の中で、非常に貴重な時期だったと思っています。

それゆえ、ゴーダの街を再び訪れることは、50歳近くなった自分にとって大きな喜びです。

市庁舎の向かい側にある「チーズ計量所」

この街に住んでいた間、一回も中を見たことがありませんでしたが...

チーズ計量所の壁面に掲げられているレリーフには、ここが実際にチーズ計量に使われていた頃の風景が刻まれています。

この日はたまたま「チーズ市」が開かれていました。

ゴーダに住んでいた3年近くの間、一度も見たことが無かったチーズ市に出会えるなんてラッキーです。

これで雨さえ降っていなければ...

ゴーダ・チーズの試食を一枚。

チーズは大きく分けて「Oude Kaas」(Old Cheese:1年近く熟成されたチーズで、しょっぱいです。)とJonge kaas(Young Cheese:1ヶ月程度の熟成期間。)の2種類(実際には熟成度で6段階+乳脂肪分で分けられており、かなりの数に種別されるのですが。)があり、私はJonge kaasを好んで食べていました。

チーズ計量所の内部。この秤でチーズの重さを量っていたのでしょう。

初めて見ました!

オランダの民族衣装を身にまとった「オランダ美人」

「写真撮って良いですか?」と問いかけると、ニッコリ笑ってポーズをとってくれました。

棚にたくさん並ぶチーズ。美味しいんですよ!

聖ヤンス大教会の向かい側にある「蝋燭(ろうそく)店」

地元では有名なお店で、帰国の際にはここでもいろいろお土産を購入しました。

オランダ(に限らず欧米?!)では、夕食時等にダイニングテーブル上に蝋燭を点したりして雰囲気を楽しみます。

くつろぎの時間を過ごす居間に「蛍光灯」なんて以ての外。蛍光灯は基本的には「オフィス用」であり、家の中には洗面所ぐらいにしかありませんでした。

Goudaの街の外れにある風車の前で。

Goudaの街には運河沿いに風車が2カ所残っており、2カ所とも現在も粉ひき等に使われています。(実用というよりは、観光的な目的ではありますが。)

運河脇でGoudaの第二の風車をカメラに納めようと一生懸命の父。

運河に落ちるなよ〜!

Goudaで二つめの風車。

こちらは下部が修復工事中でした。

市外を流れる大きな運河と、市街地の小さめの運河との間にはこういう水門があり、大雨が降っても市街地の運河の水量が増えすぎないよう調整されています。

市街地の運河に掛かる橋は、たくさんの花で飾られています。

生花の生産量で世界トップレベルのオランダでは、有名なチューリップをはじめとして様々な花が作られています。そのため、花屋で売っている花も安く、抱えきれないような花束を作ってもらっても1,500円程度と激安です。

オランダでは時々、会社の人(もちろんオランダ人)から夕食に呼ばれたりしますが、そんな時は大きな花束を持って訪問します。

中華食材の店「TOKO」の前にて。

20年前から同じ所にあります。日本食材(醤油やみそ、ちらし寿司の素など)も売っていますが、昔は賞味期限が1年以上切れたものが普通に売られていました。

オルゴールの屋台。

おばさんが横でコインを入れる缶を振ってリズムを取っています。これも20年前から変わらない風景です。

私がGoudaに居たときに出来た「NIEUW MARKT:新市場」もありました。

99セントショップ。

日本の100円均一ショップみたいなものですが、日本よりちょっと高め?

Gouda の街中観光を終えて、私の今回の旅の最大の目的である「20年前に住んでいた家を訪問」へと向かいました。

クルマ社会であるオランダでは私自身、Gouda の駅から家まで歩いたことは数回しかありませんでしたが、ちゃんとたどり着けるのでしょうか?

雨の中をひたすら歩く。駅の市街地と反対側の出口を出ると店は一切なし。勇太には「もう少しだから」と言いながらひたすら歩く。(よく調べてバスに乗れば良かった!)

やっと着きました「Prunuslaan」

通りの真ん中にフリーの駐車スペースがあり、日本のように駐車場を借りるということはなく、帰宅したらその時空いているところに停めるという仕組みです。

真冬にはー20℃になるオランダ。
最初の冬に仕事に出かけようと思ったら、窓ガラスが霜で真っ白。山がないのでめったに雪は降りませんが、気温は低いので水はすぐに凍ります。

その時は霜を取ろうとフロントガラスにお湯を掛けたのですが、一瞬霜が無くなった後、フロントグラスを覆うように氷が貼り付いてしまい、かえって面倒なことになったことがありました。
また、冬にあまりにクルマが汚かったので洗車していたら、「道が凍るからやめろ!」と注意されました。

Prunuslaan 24

今から20年以上前の昭和63年、この家に引っ越して来ました。その頃は海外での生活に対する不安よりも「海外で暮らす」ということに対するチャレンジ感でイッパイでした。

結婚して満2年、26才の時にこの家に住み、3年弱暮らしました。

私が住んでいた時は玄関前をこんなにきれいにすることはできませんでしたが。

オランダでは部屋をキレイに飾り、わざとカーテンを開けて家の中を見せるようにし飾り付けを競います。

私たちにはそれが苦手で、常にレースのカーテンを閉めていました。

PRUNSLAAN

「PRUNS」は「サクラ属」、「lAAN」は「通り」で、直訳すると「サクラ属通り」。
意訳すると、まぁ、「サクラ通り」ぐらいで良いのではないでしょうか。

サクラ属 - Wikipedia

オランダから帰国以来、いつかもう一度訪れたいと思っていた地に立つことができ非常に感激です。
しばし感激を味わった後は Gouda の駅に戻ります。駅へは「Gouda CS Station」というバスに乗れば、迷わずにたどり着くということで、ひたすらバスを待つ。

バスに乗ったら疲れ切った勇太はウトウトと。

駅に戻ったら13時過ぎ。「お腹空いた!」ということで Gouda の街でイタメシでも食べようかとも思いましたが、昔、日曜日のマーケットに行くたびに、ランチ代わりに食べていたポテトフライを思いだして勇太に提案。

オランダでフライドポテト(フリット)をオーダーするとマヨネーズは?と聞かれます。

普通、フライドポテトは塩、もしくはケチャップでしょ!と思うかもしれませんが、オランダではマヨネーズで食べるのが一般的。

「フリット メット マヨネーズ アウシュトブリーフト」(スペルが思い出せない!:" French fries with mayonnaise, please. "の意味です。)と何回言ったことか?!

ちなみにこのフリットとビールはAmsterdamに戻る電車の中で食べようと思っていたのですが、発車まで20分以上ありとのことで、駅のホームで食べちゃいました。

飲み物はいらないと言っていた勇太ですが、食べ終わった後、ちょっともたれたのか「コーラ買ってくる」と駅の売店へ。ヨーロッパに来て4日目、実は初めての「独りでお使い」

無事買ってくることができました。(パチパチ!)

InterCity(大都市間/隣国まで行く特急)は流線型で格好いいのですが、ローカル線は昔からイモ虫のような電車。色遣いは多少変わったものの、形は変わっていません。

Gouda を出るとすぐにのどかな牧草地帯の風景が。

牛、羊、馬など。この国ではとても当たり前の風景です。(だからチーズが美味しい?!)

雨の中、一生懸命、父の思い出の地を訪れるために一緒に歩いてくれた勇太は、電車の揺れに誘われるように爆睡。

Amsterdamに着く直前まで眠り続けました。

父さんの思い出の地訪問につきあってくれて疲れちゃったね。ありがとう&お疲れさま。

Amsterdam近くにあるスタジアム。

ここはAmsterdamを本拠地とするアヤックスのホームスタジアムです。

我が家ではアヤックスには関心がまるでなく、ジオ(元バルサFC。オランダ代表)や昔、小野伸二がいたフェィエノールト(ロッテルダム)がお気に入り。

Amsterdamの街でフェィエ・グッズを探しましたが、当然のことながら見つからず。

ということで、戻ってきましたAmsterdam。

勇太が「メッセンジャー・バッグ」を買いたいということで、街中を彷徨い歩く。

途中、トラムを何回か使いましたが、やっぱり便利な交通手段。

トラムマップさえあればAmsterdamを縦横無尽に動き回れそうです。

Amsterdam というかオランダで一番賑やかな通り「カルファー通り」。

平日の夕方なのに観光客&ショッピング客で一杯です。

オランダでも見つけました「FunCargo」。

できれば「European なドレスアップ」をしたファンカーゴを見たかったです。

ファンカーゴは欧州では「YARIS VERSO」と呼ばれています。
「YARIS」はビッツの欧州名。「VERSO」は多分ワゴンの意みたいです。

ということで「YARIS VERSO」は「ビッツ・ワゴン」というような感じ。

この「YARIS VERSO」のエンブレム、欲しかったんだけどなぁ!

勇太はダム広場の「バイエンコルフ」でお気に入りのメッセンジャー・バッグ(自転車王国オランダならでは!)を購入し大満足。

いったんホテルに帰って、荷物を置き、一息ついてから最後の夕食に出かけようということになり、トラムに乗ってホテルへ帰館。

ホテルの前で記念撮影をしてないよね!ということで、パシャっと。

EDEN LANCASTER HOTEL ↓↓

欧州基準で三つ星を掲げていますが、自分なりにはマイナス一つ星かなという感じ。

部屋は狭い(これはしょうがないけど)、フロントの対応がダメダメ、挙げ句の果てにチェックアウトの際に日本円を両替してもらおうと思ったら「日本円は扱っていません」とのこと。

この点は扱い旅行社にも強くクレームしましたが、日本のツアー客が泊まるホテルで日本円の両替ができないなんて言語道断。あり得ないですよね。

フロント前に置いてある飲料の自販機も「全て3EUR」の表示がされており、「水もビールもコーラも3EURかよ!」と思いながら、どうしても水が飲みたかったので3EURを入れると1.8EURのおつりが帰ってくる。

正直、このいい加減さはオランダでは珍しいです。こんないい加減さがホテルでの全ての面に表れているのでしょうね。

唯一、救われるのは朝食の素材が豊富だったことぐらい...。

ちょっとイライラさせられました。

そんなこともありましたが、「欧州弾丸旅行」のシメはちょっと贅沢をしたいと思い、ディナーは Amsterdam でも最高級のホテル「ホテル・オークラ」の鉄板焼き屋さんへ。

20年前、ここ「ホテルオークラ」はオランダに住む日本人の心のよりどころ(ちょっとオーバー?)で、オークラ内にあった「ヤマ」と近くにある「明治屋」がちゃんとした日本食材を扱っていたお店でした。

今回の旅行でも、3日目ぐらいから勇太が「おーい!お茶」飲みたい!わがままを言っていましたが、「最終日にオークラのヤマでおーい!お茶」買えるからとなだめすかしていました。

で、「ヤマ」へ行こう!とウキウキしながら予約の1時間前ぐらいにオークラへ行きましたが、ヤマがあったところは「テナント募集中」みたいな貼り紙があり「ヤマ」が無い!

悲しかったです。(後で聞いたら数ヶ月目まで営業していたとのこと。オランダでの日本人の生活を支えてくれていた貴重なお店だったゆえ、ぜひ勇太にも「品揃え」を見せてあげたかったです。)

山茶花と山里。

山茶花が鉄板焼き、山里がすき焼き&しゃぶしゃぶのお店です。

鉄板焼きとすき焼き、どちらにしようか迷いましたが、鉄板焼きは焼き手の方との会話を楽しめるので、オランダの最新事情を聞くことができる(日本語で!)し、隣り合わせたお客さんとも会話を楽しめる(英語で!)ということで、鉄板焼きの山茶花を選択。

ヨーロッパ旅行での最後のディナーということで、かなり贅沢してしまいましたが、勇太には思い出の夜になったことと思います。

隣のお客さん(オランダ人)ともサッカーネタで楽しく話すことができ、最高の時間を過ごすことができました。

ちなみにオークラからはトラムを乗り継いでホテルに帰館。
トラムを最大限活用できたAmsterdamライフでした。

こっそりご飯を大盛りにしてもらった勇太は、疲れと満腹感でホテルに戻ってシャワーを浴びたらすぐに寝込んでしまいました。

私は息子の満足げな寝顔を横目で見ながら深夜まで最後の荷造り。

普段、家族旅行では奥様に全てお任せの荷物の整理ですが、今回の旅では全て父の仕事(勇太はよく寝る)ということで、毎日、勇太が寝てからビールを飲みながら荷物整理をするのが日課でした。


7月24日(金)

ついに帰国の日。
ドタバタと過ごした旅行でしたが、今日でヨーロッパともお別れで、午後にはAmsterdam スキポール空港を飛び立ち、機中泊で25日(土)の午前中には成田に着く予定です。

空港までタクシーで行くと約8,000円と高いので、せっかく乗りこなしたトラム&列車で空港まで行こう!ということとなり、雨の中大きな荷物を引きずりながらトラムの停留所へ。

トラムでAmsterdam CS駅まで行き、ここから電車でスキポール空港へと向かいました。空港までは二人で約2,000円。やっぱり列車は安いです。

空港には出発の3時間前に到着。

空港の玄関に咲いていたひまわり。最高気温が25℃ぐらいのオランダでも「夏の花」はちゃんと咲くものです。

私たち父子にとって、このヒマワリが2009年夏の思い出の花となりそうです。

花の国オランダらしく、とてもキレイに咲いていました。

この飛行機が私たちを日本まで連れて行ってくれます。

オランダに来るときはボーイング777でしたが、帰国便はジャンボ(ボーイング747)。早めにチェックインしたため、後方の二人掛け席をゲットすることができ、帰路もゆったりと過ごせることができそうです。

さようなら!アムステルダム!

飛行機は定刻通りに離陸し、一路日本へと向かいます。

空港は雨降りでしたが、離陸して雲を抜けた後はほとんど揺れもなく、滑るように飛んでいきます。

最初の食事は和食をチョイスしました。

白いご飯にパンが付いて来るというのもちょっと変ですが、ご飯もパンも美味しくて、日本生活に戻っていく変化点を感じました。

勇太はお土産の最終チェック。

飛行機に乗ってからチェックしても...昨晩やれよ!とは思いましたが、無事必要数を購入できていたとのことで一安心。

機内では往路のように個人用モニタが無いためゲームもできず。

父はひたすら眠る。勇太もルービックキューブとかで少し時間つぶしをしていたものの、結局眠るということで、二人ともよく眠っていました。

復路でもおやつは「カップヌードル」

小腹が空く時間帯に上手く出てくるので、とても美味しく感じます。


7月25日(土)

機上で夜明けを迎えます。(というか、ハッキリと夜にならないうちに朝を迎えてしまった感じ)

飛行機の窓から日の出を眺めることは、この先、そうない経験でしょう。

日本到着1時間前頃に出された朝食はホットドッグとフルーツ、デザートなど。

爆睡していた勇太は「食欲よりも睡眠」でしたが、ちょうど目覚めた私は美味しくいただきました。

成田にはほぼ定刻通り到着。

日本に降り立ち、ホッとした気持ち半分、「もう終わりかよ!」という気持ち半分で複雑な心境でしたが、何はともあれ、いっぱい思い出を作って無事日本に帰ってこられたのでとても満足な気持ちでした。。

ちなみに東京はこの日34℃。中野駅から自宅までスーツケースをゴロゴロ引っ張っていて「日本の暑さ」を思いっ切り感じて、あぁ戻ってきたんだなと感じました。

いかがでしたか、私と勇太の弾丸旅行記。

翌々日からは普通に出勤ということで、時差ボケも治りきらずちょっと辛かったですが、暑い東京の街を歩いていると、ふとあのバルセロナの街を思い出し、独り微笑んでしまいます。

勇太にとっても、とても大きな思い出ができたことでしょう。願わくば、あと10年ちょっと過ぎた後に、定年を迎えた私を勇太がもう一度欧州旅行に連れて行ってくれればと思いますが...。

勇太、よろしくね。


お終い。
また行こうね!